壁]-’*)ノ[ジャッジ]

ネットがなかった頃

クレームというのはある程度の行動力がないと対象に届かなかった。

投書する

電話する

面と向かって言う。

能動的にそのアクションを起こさなければいけないものばかりだ。

でもSNSが発達した今では「気に入らない」「いかがなものか」…は思った瞬間

その場で文字を打ち込むだけで世界に放流される。そしてそれはあっという間に意味を

持つほどの数になり これまででは考えられないスピードで世間に広まり 対象に届く。

そのおかげでこれまでは無視されてきた弱者とされる人たちの「声なき声」が

目に見えるかたちになり 改善されるものや見直されるものも増えたとは思う。

一方で お茶の間でテレビ観ながら好き勝手に文句言うレベルの「いかがなものか」も

簡単に「世論」みたいな勢いあるうねりになってしまう場合もある。

例えば家族を亡くした有名人の一挙手一投足に物言いがついたりしてるのは

明らかにそのパターンだ。

その場合の「○○すべきである」は単に個人の「こういう場合は○○でいてほしい」

…という勝手な理想を押しつけているだけなのに。

数が集まるとまるで正論のようになってしまうのは恐ろしい。

深い悲しみを負った人にはその人だけの乗り越え方がある。

完全な部外者が願うべきは「模範的な悲劇の主人公でいてくれ」…ということではない。

悲しい人はどんな方法でも良いからいつか笑えるようになれば良いし

大変な人はどんな方法でも良いから少しでも楽になれれば良い。

「普通はこうなのだからあなたもこうあるべきだ」…という過去から続く頭揃えの連鎖はいらない。

他人を自分の価値観でジャッジするなんて こんな時代にはもうムチャだ。

そういう意味で むかしモノをねだって母親によく言われた「よそはよそ うちはうち」

…という言葉を自分の中に持っておくのが良いな…と思うのだ。

暑いからって清涼飲料水は飲み過ぎるなよー! 砂糖の量すごいぞ!!!

(…と言いながら生中をあおるw)